January 2008
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blooming reports #7
父ハルイチ、 「このまま春になっちゃいそうな……」 とつぶやいたのは、午前11時45分。 背にたまる陽のぬくもり。地からの照り返し。光の丸み。 植物たちは準備万端。 つぼみ、芽、つぼみ、芽。 そこにいると、春を待つ気持ちがはやるのだろう。 梅一輪。 たくさんのたくさんの蕾のうち、まっさきに咲いた、梅一輪。
春もやや けしきととのう 月と梅 松尾芭蕉
spring ephemeral
ウスバシロチョウが見たくて、 3時間ほど電車に乗り、ひとりで山道を歩いたことがある。 氷河期の生き残り、パルナシウスの一族。 それが、駅を降りて煙草屋の角を曲がり、2歩、3歩、10歩? すこし登りはじめたばかりというところで、出会ってしまった。 右にも、左にも、上にも、下にも。 逆光のなかの白い乱舞。 遅い春を迎える山里の、スプリング・エフェメラル。 ふつう、この言葉は、植物にあてられる。 カタクリ、イチリンソウ、フクジュソウなどなど。 落葉樹林のアペリティフ。 大きな木の葉が繁る前の林床、彼彼女のステージ。 覆いのない林のカーペットに陽はそそぐ。 落ち葉から顔をのぞかせる。 からだは小さく、花は大きく可憐、カラフル。 虫を誘い、光合成をし、さっさと潜伏する。 シーズンがめぐって翌年の春先まで寝ている。 みんな叫び方はちがう。 もちろん、寝ぞうもちがう。...
12羽の雀。
まんまるくなって、昇ったばかりの陽をうけている。 ここは指定席その一。 体温はなかなか上がらないでしょう。 仲間がやってきて、14羽になりました。
winter bird feeding
パン屋からもらってきた”パンの耳”を持って庭に出た。 大好物なので、あくまでも、おすそわけ。 餌の台に、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、していると、 シジュウカラの鳴き声が耳に飛び込んでくる。 目があわないように上目遣いで探ると、 枝だから枝へ、餌台を遠巻きにするように飛び移っている。 距離をたもったまま行ったり来たり。 ジュクジュク、ジュクジュク、ツツピィー、ツツピィー。 人間の姿を見て、逃げる気配がない。さらさら、ない。 だけど、それ以上は近づいてこない。 鳥が遊びにきてくれないかな。 父がつくった餌台へ近づくことは、旅行中の留守番くらい。 それは、”掘建て小屋”ならぬバラックな餌台。 白状すると、鳥の餌台を新しくつくっている夢をみたことがある。 デザインはいまでも覚えている。 鳥たちは餌台に近づく父のシルエットを知っている。 身長体重は、この場合、さしたる問題ではないのだろう。...
from his seed bank
幻の発芽。
The universe flows in infinite wild streams, related
in rhythms too big and too...
– D.H.L 1929
before dusk 16:08
昨日の雪で、空気がすっかりきれいになった。 西陽がきつい。カーテンを閉めると、 枝の陰が踊る。 柿の枝?西陽と柿? またまた筆をふるっている? きょうは、風あり。
winter morning sky : east 07:14
winter morning sky : west 07:16
wellcome !
to his garden.
ダイダイ伝説。
我が家の夏みかんの樹、三本。 そのはじまりは、母が食べた夏みかんの種、ということになっている。 弟が母のお腹にいたときの夏みかん。 この樹の下では、それを思い出すことからすべてがはじまる。 安永元年、1722年、ある日。 日本海に浮かぶ小さな島。 山口県長門市、青海島の浜辺。 漂いついたひとつの果実を、 西本チョウなる女性が手にとった。 彼女はその実の種をまいて育てた。 これが、日本の夏みかん、夏橙々の起源とされている。 しばらくは食用ではなく、子供の手鞠替わり。 「夏みかん」の名がつくのも明治末期。 栽培は萩ではじまった。 ところで、青海島に流れ着いた実はどこから来たのだろう。
本日、大寒。
北からのお客さん、ツグミ一家ご到着。
The voice was, in fact, muffled by the surrounding snow walls, and I saw that we...
– January 20, 1857 ” Journal ” Henry David Thoreau
gardencat news #5
Cold, clear and calm
walking abstruct ?
シベリア寒気団。 冬型気圧配置、大陸の寒気侵入。 東京、最高気温10度以下6日連続。 昨日の深夜には雪、ちらつく。 一日に何度もコーヒーが飲みたくなる。 こんなこと生まれてはじめてだが、 おそらく寒気団とはなんの関係もない。 このごろ、しょっちゅうおにぎり食べたくなるのとも無関係。 父の仕事着がいつもとちがうのは、大仕事がないから。 セーターは、枝がひっかかるので敬遠されている。 というわけで、母の手編みのセーターが庭にお目見えすることは稀。 赤青黄じゃないけれど、ややモンドリアン風。
travelingseeds #6
なにもの? 風か、鳥か。どこからか庭に舞い込んできた美しい種。 「この50年、こんな種、飛んできたことない」 ケサランパサラン?